はかなきことだにか 090 ★★★
原文 読み 意味 帚木06章08@源氏物語
はかなきことだにかくこそはべれ まして人の心の時にあたりて気色ばめらむ見る目の情けをば え頼むまじく思うたまへ得てはべる
はかなき/こと/だに/かく/こそ/はべれ まして/ひと/の/こころ/の/とき/に/あたり/て/けしきばめ/ら/む/みる/め/の/なさけ/を/ば え/たのむ/まじく/おもう/たまへ/え/て/はべる
(左馬頭)ささいな技芸でさえこうなのですから、まして人の心のその場次第で思わせぶりな態度ができる見せかけの思いやりは、信頼できるものでないと思うに至りました、
文構造&係り受け
主語述語と大構造 だにかくこそはべれ:一次|をばえ頼むまじく思うたまへ得てはべる:一次
/はかなき〈こと〉だにかくこそはべれ/|まして人の心の時にあたりて気色ばめらむ見る目の情けをば 〈[私=左馬頭]〉え頼むまじく思うたまへ得てはべる
助詞と係り受け
はかなきことだにかくこそはべれ まして人の心の時にあたりて気色ばめらむ見る目の情けをば え頼むまじく思うたまへ得てはべる
「人の心の…気色ばめらむ」:AのB連体形(「の」は同格)
「人の心の…気色ばめらむ」「見る目の」(並列関係)→「情け」
「得てはべる」(連体形)→「そのはじめのこと/02-091」
古語探訪;失われた意味を求めて
はかなきことことだにかくこそはべれ 02-090
「はかなきことこと」は「人の心」と対比されている。指物や絵や書など実生活から離れた風流韻事でも、よく見せようとするより、作為なしにありのままですばらしいものがよいものである。
気色ばめらむ 02-090
本心や本性を外に表すこと。指を喰う女の場合、「もの怨じ」が本心、男になびく性格が本性を覆っている。そのために至らざるところがないような見る目の情けを身につけているのだが、いざとなると本性が剝き出される。本性だから懲らしめたところで直らないのである。この語を思わせぶりな態度と解釈するから、木枯の女と結びつけてしまうのである。「気色ばむ」の「ばむ」は「蝕む・食む」などと同根で、部分的に浸食されることから、結果としてそのような性質を帯びる意味の接尾語となるが、本性をコーティングしているうわべの愛情を内側から浸食してゆく過程が「気色」+「ばむ」で表現されていると考えられる。従って、帯びるのではなく、表れるのだ。
見る目の情け 02-090
うわべのやさしさ。ここの「情け」は風流の意味ではない。「ただうはべばかりの情け/02-018/頭中将)、「はかなきついでの情け/02-057/左馬頭)、「うはべの情け/02-064/頭中将)、「見る目の情け/02-090/左馬頭)など、すべて同意表現である。本心がそれによって隠されてしまう見せかけ愛情のこと。誠実さなど本心からの愛情とは別である。
時にあたりて 02-090
大事な時に。普段はそうではないが、いざという時に。
思うたまへ得て 02-090
経験からそのように思うようになった。その経験は次に紹介される指を噛む女との恋愛。
耳からの情報伝達;立ち現れる〈モノ〉
語りの対象:見かけのよい技芸/見かけのやさしい女/左馬頭の女性観
直列型:A→B→C:A→B→C
《はかなきことだにかくこそはべれ》A
ささいな技芸でさえこうなのですから、
《まして人の心の時にあたりて気色ばめらむ見る目の情けをば・え頼むまじく思うたまへ得てはべる》B・C
まして人の心のその場次第で思わせぶりな態度ができる見せかけの思いやりは、信頼できるものでないと思うに至りました、