手を書きたるにも 089 ★☆☆
原文 読み 意味 帚木06章07@源氏物語
手を書きたるにも 深きことはなくて ここかしこの点長に走り書き そこはかとなく気色ばめるは うち見るにかどかどしく気色だちたれど なほまことの筋をこまやかに書き得たるは うはべの筆消えて見ゆれど 今ひとたびとり並べて見れば なほ実になむよりける
て/を/かき/たる/に/も ふかき/こと/は/なく/て ここかしこ/の/てんなが/に/はしりかき そこはかとなく/けしきばめ/る/は うち-みる/に/かどかどしく/けしきだち/たれ/ど なほ/まこと/の/すぢ/を/こまやか/に/かき/え/たる/は うはべ/の/ふで/きエ/て/みゆれ/ど いま/ひとたび/とり/ならべ/て/みれ/ば なほ/じち/に/なむ/より/ける
エ:や行の「え」
(左馬頭)字を書いた場合でも、深い意図などなくて、あちこちの点を書き流しどことなく気分を出している書は、ぱっと見には才気走り雰囲気があるようだけれど、やはりまことの筆法通りに細心の注意を払って書きえた書は、見た目のうまさこそ目につかないが、今一度とり並べて見るとやはり誠実な書に心は惹かれるのです。
文構造&係り受け
主語述語と大構造 ば…なほ実になむよりける:五次
〈手を書きたる〉にも @深きことはなくて ここかしこの点長に走り書き そこはかとなく気色ばめる〈[書]〉は うち見るにかどかどしく気色だちたれど なほまことの筋をこまやかに書き得たる〈[書]〉は うはべの筆消えて見ゆれど 今ひとたびとり並べて見れば@ なほ実になむよりける
助詞と係り受け
手を書きたるにも 深きことはなくて ここかしこの点長に走り書き そこはかとなく気色ばめるは うち見るにかどかどしく気色だちたれど なほまことの筋をこまやかに書き得たるは うはべの筆消えて見ゆれど 今ひとたびとり並べて見れば なほ実になむよりける
「手を書きたるにも」→「なほ実になむよりける」
「深きことはなくて ここかしこの点長に走り書き そこはかとなく気色ばめるは うち見るにかどかどしく気色だちたれど」「なほまことの筋をこまやかに書き得たるは うはべの筆消えて見ゆれど」:対比
古語探訪;失われた意味を求めて
気色ばめる 02-089
気取ってと解釈されているが、思うにまかせての意味。木の道や絵所の例では、「心にまかせて作り出だす/02-086」や「心にまかせてひときは目驚かして/02-088」に当たる。この部分は気取るでも通るので、風流気の多い木枯らしの女と結びつけて解釈されてきた。しかし、/02-090で考察する通り「気色ばむ」はもともとある本心が外に現れること(馬脚を現すこと)であって、本心を見えなくさせる「気取るなど」とはおよそ正反対の意味である。指をくう女が「気色ばめる」例である。嫉妬心が外に現れて口さがなく、怒りにまかせるのが気色ばめるである。
手 02-089
筆。
深きことはなくて 02-089
深くは考えずに。「心にまかせて/02-086・02-088」に当たる。
点長に 02-089
気分に任せて書くことのようだが、点が長くなるのか、点と筆をおいた後にスーっと筆を走らせることを言うのか、判明しない。
そこはかとなく 02-089
場所や原因理由などははっきり指摘することができない状態を表す。この場合、この箇所、この箇所と場所を特定せずに。
かどかどしく 02-089
才気走る。
まことの筋 02-089
真実の筆法に沿うこと。
書き得たる 02-089
うまく書けているのは。
うはべの筆 02-089
見た目のうまさ。
なほ 02-089
木の道や絵と同様、書の場合でもやはり。
実に 02-089
丁寧な書き方。
より 02-089
「因り」「依り」で、丁寧な書き方をしたからである。
耳からの情報伝達;立ち現れる〈モノ〉
語りの対象:書一般の心構え/心の赴くままに書いた書/丁寧に書の作法に則った書
分岐型:A→[{(B→C)+(D→E)}→F]→G:A→G、B→C→F→G、D→E→F→G
《手を書きたるにも》A
字を書いた場合でも、
《深きことはなくて ここかしこの点長に走り書き そこはかとなく気色ばめるは・うち見るにかどかどしく気色だちたれど》B・C
深い意図などなくて、あちこちの点を書き流しどことなく気分を出している書は、ぱっと見には才気走り雰囲気があるようだけれど、
《なほまことの筋をこまやかに書き得たるは・うはべの筆消えて見ゆれど》D・E やはりまことの筆法通りに細心の注意を払って書きえた書は、見た目のうまさこそ目につかないが、
《今ひとたびとり並べて見れば・なほ実になむよりける》F・G
今一度とり並べて見るとやはり誠実な書に心は惹かれるのです。