明くる年の春 坊定 108
原文 読み 意味 桐壺08章03@源氏物語
明くる年の春 坊定まりたまふにも いと引き越さまほしう思せど 御後見すべき人もなく また世のうけひくまじきことなりければ なかなか危く思し憚りて 色にも出ださせたまはずなりぬるを さばかり思したれど 限りこそありけれと 世人も聞こえ女御も御心落ちゐたまひぬ
あくる-とし/の/はる ばう/さだまり/たまふ/に/も いと/ひきこさ/まほしう/おぼせ/ど おほむ-うしろみ/す/べき/ひと/も/なく また/よ/の/うけひく/まじき/こと/なり/けれ/ば なかなか/あやふく/おぼし-はばかり/て いろ/に/も/いださ/せ/たまは/ず/なり/ぬる/を さばかり/おぼし/たれ/ど かぎり/こそ/あり/けれ/と よひと/も/きこエ/にようご/も/み-こころ/おち-ゐ/たまひ/ぬ
エ:や行の「え」
明くる年の春東宮がお決まりになる際にも、どうかして第一皇子を飛び越しこの宮を立てたいとお望みになるが、生涯の後見役にかなう人物もまだなくまた世間がうけがうはずもなかったので、これではかえって身が危ういと察知され人目を憚りおくびにも出さなくなってしまわれたところ、あれほど大事になさってはいても決まりには勝てぬのだと、世間も噂し弘徽殿の女御も安堵されるのでした。
文構造&係り受け
主語述語と大構造 を…と…も聞こえ|も御心落ちゐたまひぬ:五次
明くる年の春 〈坊〉定まりたまふにも 〈[帝]〉いと引き越さまほしう思せど @御後見すべき〈人〉もなく また世のうけひくまじき〈こと〉なりければ なかなか危く@思し憚りて 色にも出ださせたまはずなりぬるを @さばかり思したれど 〈限り〉こそありけれと@ 〈世人〉も聞こえ〈女御〉も御心落ちゐたまひぬ
助詞と係り受け
明くる年の春 坊定まりたまふにも いと引き越さまほしう思せど 御後見すべき人もなく また世のうけひくまじきことなりければ なかなか危く思し憚りて 色にも出ださせたまはずなりぬるを さばかり思したれど 限りこそありけれと 世人も聞こえ女御も御心落ちゐたまひぬ
「いと引き越さまほしう思せど」→「思し憚りて色にも出ださせたまはずなりぬる(を)」
「色にも出ださせたまはずなりぬるを」→「世人も聞こえ女御も御心落ちゐたまひぬ」
明くる年の春 坊定まりたまふにも いと引き越さまほしう思せど 御後見すべき人もなく また世のうけひくまじきことなりければ なかなか危く思し憚りて 色にも出ださせたまはずなりぬるを さばかり思したれど 限りこそありけれと 世人も聞こえ女御も御心落ちゐたまひぬ
助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
助詞・助動詞の識別:まほしう べき まじき なり けれ せ ず ぬる たれ けれ ぬ
- まほしう:希望・まほし・連用形のウ音便
- べき:当然・べし・連体形
- まじき:不適当・まじ・連体形
- なり:断定・なり・連用形
- けれ:喚起・けり・已然形
- せ:尊敬・す・連用形
- ず:打消・ず・連用形
- ぬる:完了・ぬ・連体形
- たれ:存続・たり・已然形
- けれ:喚起・けり・已然形(「こそ」の結び)
- ぬ:完了・ぬ・終止形
敬語の区別:たまふ 思す 御 思す せたまふ 思す 聞こゆ 御 たまふ
明くる年の春 坊定まりたまふに も いと引き越さまほしう思せど 御後見すべき人もなく また世のうけひくまじきことなり けれ ば なかなか危く思し憚りて 色に も出ださせたまはずなりぬる を さばかり思したれ ど 限りこそありけれ と 世人も聞こえ女御も御心落ちゐたまひぬ
尊敬語 謙譲語 丁寧語
古語探訪;失われた意味を求めて
色にも出ださせたまはずなりぬる 01-108:これまで色に出してきた裏返し
光の君の皇太子擁立をおくびにも出さなくなった。これは裏返せば、これまでにも、公言しないまでもそうしたニュアンスを周囲に漏らしていたことを意味する。これは物語の背景を決定づける重要箇所である。弘徽殿の女御や父の右大臣が気を揉んだことも無理はない。また誰のさしがねかは不明ながら、桐壺の早すぎる死も皇太子を競う中で起こった事件との解釈が行き過ぎではない証左ともなろう。周囲がその情報を得ていたからこそ、「さばかり思したれど」という指示語が生きてくるのだ。
明くる年の春 01-108
光の君四歳の春。
坊定まりたまふにも 01-108
皇太子が冊立される際にも。皇太子が決まらないという政治的不安定にようやく終止符がうたれる。
ひき越さまほしう 01-108
一の宮でなく次男の光の君を皇太子に立てるの意味。
うけひく 01-108
積極的に賛成する。
なかなか危く思し 01-108
光の君を皇太子に立てるのはかえって危険だとお思いになって。形容詞の連用形+思う。
さばかり 01-108
そのようにばかり。光の君の皇太子に立てると口にするなど、光の君のことばかりお考えだったけれど。
限り 01-108
限度。できることとできないことの境。
御心落ちゐ 01-108
自分の第一皇子が皇太子になることで心が落ち着く。
耳からの情報伝達;立ち現れる〈モノ〉
語りの対象:東宮/帝/後見人/世間/越えられない限界/弘徽殿の女御
分岐型・中断型:〔A→B→(C+D→E→)F→G|〕+〔(H→I→)J〕→K
《明くる年の春 坊定まりたまふにも・いと引き越さまほしう思せど》A・B
明くる年の春東宮がお決まりになる際にも、どうかして第一皇子を飛び越しこの宮を立てたいとお望みになるが、
《御後見すべき人もなく・また世のうけひくまじきことなりければ・なかなか危く・思し憚りて・色にも出ださせたまはずなりぬるを》C・D・E・F・G
生涯の後見役にかなう人物もまだなくまた世間がうけがうはずもなかったので、これではかえって身が危ういと察知され人目を憚りおくびにも出さなくなってしまわれたところ、
《さばかり思したれど・限りこそありけれと・世人も聞こえ・女御も御心落ちゐたまひぬ》H・I・J・K
あれほど大事になさってはいても決まりには勝てぬのだと、世間も噂し弘徽殿の女御も安堵されるのでした。